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今朝、起きてテレビをつけたらめちゃくちゃビックリしました。

「タイでクーデター発生。」

クーデターですよ、クーデターが発生してしまったんですよ?

もうね、何がびっくりしたって、そりゃもう、タイの兵士ですよ。

ものっすご色黒。(もういいってば。)

クーデターに驚きながらも、クーデターの意味を知りませんでした。

シンタロウです、サワッディカー。(意味はコチラ。)

ちょっと暑い日がありますけども、もうすぐ秋ですね。

秋といえば、笑い無し、ちょっとまじめに語る
シンタロウさんの「可愛らしかったあの頃の話」ですよ、うん。(そうなの?)

やれ北朝鮮がミサイル発射だの、やれタイでクーデターだの、
世の中物騒になってきましたが、
こういう「戦争」とかね、「争い事」のあった時に、
本気で泣いた事があるんですよ。

最近感動ものの映画とか見ても一切泣かない私がですよ。

「感動のアンビリーバボー」を見ても泣かない私がですよ。(それは、泣かないかも?)


あれは、1991年くらいの話でしょうか。

私はその頃、シンガポールで小学5年の時代を過ごしてたんですが、
皆さんの記憶に未だ残っておりましょう、
「湾岸戦争」ってのが起こったんです。

シンガポールといえば、色んな国の色んな人種の猛者たちが暮らす国なわけで、
当然、中東・イラクからやってきたアラビヤンな人達も住んでたわけです。

当時、日本は湾岸戦争でアメリカに資金援助をしていたため、
「日本人のバカヤロウ」的な空気が、シンガポールに住むイラク人の間で流れたわけです。

湾岸戦争の開戦が報道された時、
シンガポール日本人小学校の朝礼でも当然、先生がその話をするわけです。

先生 「今日、湾岸戦争が始まりました。
    何が起こるかわからないので、
    家に帰ったら外に出ないようにしてください。」

今でも覚えている、普段は笑っている先生のちょっと真剣な顔。

先生 「日本は米国に対して戦争の資金を提供しているから、
    本当に家に帰ったら外に出て遊んだりしないで、
    家にいましょう。」

ちょっと、びびった。

戦争が始まる前も、情勢が不安定な為か国外への旅行をやめようという
日本人の間での変な空気が流れ始め、
楽しみにしていたバリ島への旅行も当然中止となり、
父と母が初めて本気で夫婦喧嘩したあの惨劇を思い起こした。

「戦争が始まったんだ、注意しなきゃ。」

その日の午後は大雨で、雷もガンガン鳴り散らしていた。

スクールバスで学校から帰宅し、家に入ってみると、
家の中には弟も母親も居なかった。

シ 「え… なんで?皆が注意しろといっているのに、なんで居ないの?」

一気に心の中に不安が広がった。

「もしかして、もうイラク人に連れ去られたんじゃ…?」

外は依然として大雨で、恐ろしい程でかい音の雷がなっていた。

こんなときに、家で独りっきりで、弟も母も、どこへ行ったか分からない。

雷や雨の音は、不安な心をますます不安にさせた。

「僕が守らなきゃ、弟も、お母さんも。」

父親の事が頭をよぎりもしなかったのが若干心残りだが、
雷や大雨があたりを包む中、私はマンションを出て辺りを走り回った。

「弟、母を守らなきゃ。」

その気持ちが強かったためか、雷や大雨など全く気にせず、
とにかく私はびしょ濡れになりながら懸命に弟と母を捜した。

「戦争が始まったんだ。こんな時に家にいないなんておかしい!」

必死だった、孤独・雷・雨・不安と戦いながら、びしょぬれで走り回った。

先生 「日本は米国に対して戦争の資金を提供しているから、
     本当に家に帰ったら外に出て遊んだりしないで、家にいましょう。」

そんな言葉が頭をよぎったが、自分の事より家族の安否が気になった。

母や弟が行きそうなところを、一時間ばかり懸命に探し回ったが、姿は無い。

疲れ果てた私は家に帰り、びしょぬれのままリビングに崩れ落ちた。

そして、泣いた。

自分でもびっくりするほど大声で泣いた。

6時になっても、7時になっても、誰一人帰ってこない。

「まさか… 本当に… 連れ去られたんじゃ…。」

心の中は、不安で包まれた。

そして、再度、本気で泣いた。

泣き疲れ、
「この先どうやって生きていこう…。母も弟も居ないこの先…。」
そんなことを思いながらリビングでぐったりしていたその時だった。

ガチャ…。

家の戸が開いた。

急いで扉に向かって走って行くと、そこには弟と母親が。

母 「ただいま。」

弟 「お兄ちゃん、見て!今日、ミニ四駆買ってもーてん。」

唖然とした。

玄関に母と弟が元気な姿で立っている。

当たり前の光景なのだが、私は安堵感からもう一度大声で泣いた。

母 「どうしたんや?」

シ 「戦争が始まったから、心配してたんや!!どこいってたんや!!」

母 「ケンタのエレクトーンのレッスンやけど。」

!?

シ 「ケンタ、だいじょうぶやったか?」

弟・ケンタは、そそくさとリビングに走り、ミニ四駆の箱を開け、

ケ 「お兄ちゃん、作ってや。つくれへんねん。」


一日でこんなにも不安に包まれ、
そして、こんなに安堵感を感じたのは初めてだった。


取り越し苦労で走り回って泣いた自分が恥ずかしかった。

戦争は、当事国同志の争いだけに終わらない。

世界の色んなところで不安や心の乱れを生む。

多くの犠牲者を生み、当事国とは全く関係ないところでもその影響は広がる。


「戦争や争いが生むものなど、何も無い。
 生むのは悲しみと怒り、そして先行きに対する不安感だけだ。」


だから私は、
「この先、日本が戦争に一枚かんでくるのだけは、ぜったい許してはならない。」
と、心から思う。


こんなエピソードを持ちながら、なぜに「男たちの大和」で泣けないのか?

うーん、不思議。


この話を読んで、感動するか笑うかは、貴方しだいです。


今回は、どっちも狙いました。


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戦争はあかんよ。こっちがいくら戦争放棄ってうたってても、いつ北朝鮮からミサイル飛んでくるかわからん世の中になって不安やね。

でもね。
パパのことを思い出してあげてほしかったなぁ。。。
【2006/09/20 22:04】 URL | まいっちょ #-[ 編集]
またも色黒でメッチャ笑ってもーた私ですが
その後にウンウンと考えさせられる内容で
さすがシンタロウさん、ツボ押さえてはりますな
・・・って感じです。
「僕が守らなきゃ、弟も、お母さんも。」
の台詞、ホロっときました。ええ話しや。
本当におっしゃるように戦争は
当事国同士の争いでは済まないですよね。
私も今は米の国暮らしなもんで何かと・・・です。
【2006/09/21 06:59】 URL | みかん #0kufgj3.[ 編集]
ミニ四駆作れないのに買ってもらうなよケンタ…w


戦争の話しは同感です。アカンよね。
【2006/09/21 12:41】 URL | kamiタロウ #-[ 編集]
>まいっちょ
北朝鮮は怖いニダよ。(?)
「あの親父なら、なんとかなる。」という信頼かしら。ww

>みかんさん
あら、米の国にお住まいなのですね?
新潟じゃないですよね?
私は高校時代の4年間、アトランタにすんでました。
どちらにお住まいですか?

>kamiタロウ
作れないのに買ってしまう幼き頃のケンタ。w
返さないのにお金を借りるケンタw。
【2006/09/21 21:34】 URL | シンタロウ #-[ 編集]














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